【書評】<第1回>「シアター!」有川ひろ

 さて。「書評」と銘打ってみたものの、その実態は自分の好きな作品をお薦めしたいというだけである。今回紹介するのは有川ひろの「シアター!」シリーズだ。

 

 有川ひろの作品は文章が軽妙で大変読みやすく、その点ではライトノベル的だともいえる。一般的なライトノベルは中高生を主人公としたジュブナイル小説だが、有川作品がライトノベルと一線を画するのは、おっさんが数多く登場することである。それも、恐ろしく魅力的なおっさんたちが。

 「三匹のおっさん」シリーズは主人公の3人が定年を迎えているという、オッサンというよりはむしろ初老といった方がいいくらいの年齢設定だが、有川作品の中で魅力的なオッサンがわんさか出てくる作品と言えば「図書館戦争」シリーズだろう。このシリーズもいつか取り上げたいが、今回は「シアター!」シリーズである。

 

 図書隊(現実世界で近いのは自衛隊か)という一般人からやや遠い世界のかっこいいオッサンが活躍するのが「図書館戦争」シリーズならば、「シアター!」では普通の(というには能力が高すぎるが)サラリーマンのオッサンが活躍する。これだけオッサンオッサン連呼しているとオッサンばかりが登場する酷くむさ苦しい小説のように聞こえるかもしれないが、そんなことはないのでご安心を。登場人物のほとんどは20代中盤の、夢に向かって突き進むやや年齢高めの若者たちを描いた作品だ。

 演劇の劇団を主催する春川巧(たくみ)、27歳にして定職にも就かず、仲間たちと夢を追いかけている社会的甲斐性なしをどうにか真人間にしたいと頭を悩ませているのが最高にカッコいいオッサン、春川司(つかさ)、31歳だ。

 もう、とにかくカッコいいのである。春川司は親族とはいえおいそれと貸すことのできない金額を弟に貸すことになってしまうのだが、その理由も弟が可愛いから、などという単純な理由ではない。いや、根っこでは弟をなんとか演劇という社会生活ができない泥沼から救いたいという想いがあるのだが、その方法は救われる当人である春川巧にとっては何よりも痛い。夢に向かっている人間にとって最も痛いこと、それは夢をあきらめることだ。春川司は言う。

 

「人間が何かを諦めるのに必要な条件って分かる?」

「全力でやって折れることだよ」

 

 しびれる。これほどしびれるセリフはなかなかない。もしこのセリフを本気で言ってくれる先輩が職場にいたら憧れずにはいられない。しかも、である。フェアであることを尊ぶ春川司は、自分の出した条件を達成するために最大限のサポートをするのである。全力を尽くさせて夢を諦めさせるためにサポートするという、やや歪んではいるもののけっして矛盾はしていない、最大限のお兄ちゃんの愛情なのである。

 春川司の口からは次々とカッコいいセリフが紡ぎだされていくのだが、それでも春川司は完璧超人ではない。自分が昔から出来がいいことを知っていて、だからこそ最初から諦めなくてはいけないものがあることも知っている。頭ではわかっていても、心の底ではそれを寂しく思っている。飲み過ぎて、恥ずかしいことを上司に言ってしまう、なんて失敗もする。

 語るところ、その価値観も徹底している。カネである。あらゆることをカネを基準に判断する。その小気味の良さは、夢というある種あやふやなものを追いかけて日々を過ごしている春川巧やその仲間たちに響く。いや、読者である老若男女それぞれに違った形で響く。大きな声では言えないが、私もここで書かれているセリフを若干アレンジして職場の後輩に言っちゃったりしている。

 カネが基準、というとずいぶん冷たい印象を与えてしまうかもしれないが、そんなことはない。春川司は、自分にはない才能を持つ春川巧とその仲間たちのことを十分に認めている。愛情があるからこそ、カネを基準とする彼の言葉は登場人物たちに、そして読者である私たちに深く響くのだ。

 

 有川ひろの小説と言えば恋愛や登場人物の軽妙なやり取りが特徴と言えるが、この「シアター!」シリーズでもそのあたりは存分に堪能できる。個人的な話になってしまうが、かつてとある大学で体育会系の部活のコーチをしていた身としては、この春川司と春川巧(とその劇団員たち)の関係が、当時の自分と大いに重なってしまう。だからこそ、他にも面白いものが沢山ある有川作品の中でもこの「シアター!」シリーズは、私にとって最も特別な作品なのだ。誰が読んでも面白いが、仲間たちと夢に向かっている人が読んだら、間違いなく特別な作品となること請け合いである。

 いつか、完結編になるであろう「シアター!3」が出版されることを気長に待ちながら。

 

シアター! (メディアワークス文庫)

シアター! (メディアワークス文庫)

  • 作者:有川 浩
  • 発売日: 2009/12/16
  • メディア: 文庫
 
シアター!〈2〉 (メディアワークス文庫)

シアター!〈2〉 (メディアワークス文庫)

  • 作者:有川 浩
  • 発売日: 2011/01/25
  • メディア: 文庫